DOAC時代のVTE診療を読み解く:日本大規模レジストリが示した再発・出血リスク
DOAC時代のVTE診療――日本の大規模観察研究が示した再発リスクと出血リスク
近年、直接経口抗凝固薬(DOAC)の普及により、静脈血栓塞栓症(VTE)の治療は大きく変わりました。その一方で、「本当に日本人における再発リスクや出血リスクがどうなっているのか?」という問いに対するデータは限られていました。本記事では、先ごろ発表された日本における大規模レジストリ研究「COMMAND VTE Registry-2」の結果をもとに、DOAC時代のVTE治療の実態と今後の課題を整理します。
背景:なぜ新たなレジストリが必要だったか
日本では以前、VTE患者を対象とした多施設共同の大規模観察研究として COMMAND VTE Registry(2010年1月〜2014年8月、3,024例)がありました。しかしその時期は、抗凝固薬として主に使われていたのはワルファリンであり、実に抗凝固薬の約88%がワルファリンでした。
ところが、現在の臨床現場では DOAC(直接経口抗凝固薬)が主流となっており、ワルファリン中心の過去データだけでは現状を反映しきれません。そこで、DOAC時代における日本のVTE診療の実態を明らかにするために、「COMMAND VTE Registry-2」が実施されました。
COMMAND VTE Registry-2 とは
- 期間:2015年1月~2020年8月
- 対象施設:日本国内31施設における多施設共同研究
- 登録患者数:5,197例の急性症候性の肺塞栓症(PE)および深部静脈血栓症(DVT)患者
- 特徴:DOAC時代に特化し、詳細な情報収集および長期フォローアップを実施した世界的にも珍しい大規模リアルワールドデータベース
患者背景としては平均年齢が67.7歳、女性が59.0%、平均体重は約58.9kgでした。
主な治療と処方状況
初期治療において経口抗凝固薬(OAC)が使用されたのは4,790例(全体の約92%)で、そのうちDOACが選択されたのは4,128例、全体の約79%にのぼりました。使用されたDOACは以下の通りです。
- エドキサバン:2,004例(約49%)
- リバーロキサバン:1,206例(約29%)
- アピキサバン:912例(約22%)
- ダビガトラン:6例(ごくわずか)
このようにエドキサバンが最も使用されており、日本におけるDOAC選択の傾向を反映しています。
再発リスクの層別化 ― 5つの患者群別にみた5年累積再発率
このレジストリでは、国際血栓止血学会(ISTH)の推奨に従い、VTE再発リスクを以下の5つのグループに分類しました。
- メジャーな一過性リスク群(例:大手術、長期臥床、帝王切開など)
- マイナーな一過性リスク群(例:旅行での長時間安静、小手術、ホルモン療法、妊娠など)
- VTE発症の誘因のない群
- がん以外の持続的なリスク因子を有する群(例:自己免疫性疾患など)
- 活動性のがんを有する群
5年累積再発率は次のように報告されました。
- メジャーな一過性リスク群:2.6%
- マイナーな一過性リスク群:6.4%
- 誘因のない群:11.0%
- 活動性がん群:10.1%
- がん以外持続リスク因子群:中間域
この結果は、過去のワルファリン中心のデータとは異なり、「誘因のない群」や「マイナー一過性リスク群」であっても再発リスクが決して低くないことを示唆しています。特に誘因が明らかでないVTE発症例では、長期的な注意深いフォローが必要です。
出血リスクと抗凝固療法中止の実状 ― がん患者の悩み
一方で出血リスクも無視できません。特に活動性のがんを有する群では、5年後の大出血の累積発生率が20.4%と最も高く、抗凝固療法の中止率も高いことが報告されました。
このことから、DOACが普及した現在でも、がん合併例や高出血リスク例では、再発リスクと出血リスクの両者を考慮した慎重なマネジメントが必要であると考えられます。
臨床への示唆 ― 長期抗凝固療法は誰に必要か
報告者である金田氏は、「欧米の最新ガイドラインで推奨されているような詳細な再発リスクの層別化が日本においても有用である可能性」を指摘しています。特に出血リスクの低い「誘因のない群」や「マイナーなリスク群」では、長期的な抗凝固療法継続により再発予防のベネフィットが得られる可能性があります。
ただし、がん患者など出血リスクの高い群では慎重な判断が必要であり、治療中断や別の管理戦略の検討が今後の課題です。
まとめと今後の展望
DOAC時代の日本におけるVTE治療の実態を示した「COMMAND VTE Registry-2」は、以下のような重要な示唆を与えています。
- DOAC普及後もVTE再発はまれではなく、とくに誘因のない群では5年再発率が約11%
- 再発リスクは患者背景により大きく異なり、リスク層別化の重要性が増している
- がん患者における出血リスクは高く、抗凝固療法の継続には慎重な判断が求められる
- 出血リスクの低い患者では、長期抗凝固療法の継続が再発予防に有効な可能性がある
今後、このレジストリを用いたさらなるサブ解析や、臨床現場での応用が期待されます。高齢者、がん患者、腎機能障害患者など、さまざまな背景を持つVTE患者における最適な抗凝固戦略の検討は、患者の利益につながる重要な課題です。
なお、本研究の詳細については、以下の報告をご覧ください。DOAC時代のVTE診療の国内大規模研究、再発リスクの層別化評価と出血リスク評価の重要性が明らかに/日本循環器学会
