脳タンパク質老化が導く認知症の新しい理解と研究最前線
脳タンパク質老化と認知症 — 研究プロジェクトの全体像とその意義
近年、認知症の原因として「脳のタンパク質の老化(変性)」に注目が集まっています。名古屋大学らが推進する「脳タンパク質老化と認知症制御」研究領域は、まさにこの“タンパク質老化”を軸に、認知症のメカニズム解明から診断・治療法の開発までを目指しています。本記事では、その目的、研究体制、具体的な研究内容を整理し、この研究の重要性と今後に期待される展望を紹介します。
なぜ「脳タンパク質老化」が注目されるのか
これまで多くの認知症研究は、主にアミロイドベータ(Aβ)やタウ(Tau)など、特定の異常タンパク質の蓄積に注目してきました。しかし、正常に機能していたタンパク質が加齢などの要因で変質し、機能を失ったり、神経細胞に毒性を持つことで、神経細胞の機能障害や回路破綻が生じる可能性があります。これは従来型の蓄積仮説とは異なり、「正常 → 老化(変質) → 神経変性 → 認知症」という経時的プロセスの理解を目指す新しい視点です。
研究プロジェクトの目的と構成
この研究領域の主な目的は、脳タンパク質老化のメカニズムを明らかにし、それを基盤として認知症の予防や治療につなげることです。
研究は大きく以下の3つの柱(研究グループ)で構成されています。
- A01:脳タンパク質老化と神経回路破綻 — 老化した脳タンパク質がどのように神経回路の破綻を引き起こすのかを、イメージングと機能解析で明らかにする。
- A02:脳タンパク質老化の分子基盤 — タウなどのタンパク質老化の分子機構、毒性化、伝播メカニズムを解明する。
- A03:脳タンパク質老化に対する治療開発 — ヒト iPS 細胞や動物モデルを用い、老化タンパク質を標的とした治療法開発の基盤を整備する。
具体的な研究内容の例:公募班(H27–H28年度)
具体例として、公募班(H27–H28 年度)では以下のような研究が行われました。
- βアミロイド(Aβ)およびタウを標的とした SPECT イメージング用プローブの開発 — PET よりも汎用性に優れ、より多くの医療機関で利用しやすいイメージング法を目指す。
- 大脳皮質可塑性障害のメカニズム解明と早期診断法開発 — 経頭蓋磁気刺激法(TMS)、髄液バイオマーカー、MRI/PET など複数手法を組み合わせ、認知症発症前後のシナプス機能や神経回路変化を調べる。
- アルツハイマー病モデルマウスにおける海馬微小回路の長期観察 — 二光子カルシウムイメージングやバーチャルリアリティ(VR)環境による行動課題を用い、記憶に関わる神経回路破綻の過程を詳細に追う。
この研究の意義と今後の可能性
従来の「変異タンパク質の蓄積」という枠組みを超え、「タンパク質老化(変質)→ 神経回路破綻 → 認知症」というプロセス全体を対象とすることにより、認知症の根本原因に迫ろうとする点が本研究領域の大きな強みです。
SPECT によるイメージングなど、コストや設備面で汎用性の高い診断法の開発が進められることで、今後はより多くの人が早期診断を受けやすくなる可能性があります。これにより、発症前の介入や予防、早期治療の実現に向けた道が開かれるかもしれません。
さらに、iPS 細胞や動物モデルを用いた治療開発では、対症療法ではなく病態の根本に働きかける新たな治療法が期待されます。こうした研究の進展は、未来の認知症医療の姿を大きく変える可能性を秘めています。
まとめ
「脳タンパク質老化と認知症制御」研究領域は、従来とは異なる視点から認知症の根本原因に迫る意欲的なプロジェクトです。分子、回路、臨床応用をつなぐ包括的なアプローチは、認知症の理解と対策に新たな地平を開く可能性があります。今後の研究成果と展開に注目が集まります。
